大塚太 インタビュー①

■小さい頃、10代の頃はどんな子供でしたか?
大塚:性格は、どちらかというと引っ込み思案、恥ずかしがり屋な性格だったと思います。小さい頃にしていた柔道の影響で、他の小学校の人たちとも話すようになったりして、少しずつ性格も変わって行ったように思います。

大和:スポーツは柔道を?

大塚:幼少期は柔道を、小学校高学年から高校にかけてはサッカーをしていました。サッカーは好きなんですが、実は「あまり縁がなかった」という印象です。笑
高校に進学する際に、先輩が通っていた都立高校のサッカー部に良い先生がいると聞き、そこを受験しました。
当時は学区制で品川区は第一学区にあたるんですが、学区内の学校で、受ければ楽勝で受かるし、サッカーが強いんだったら良いなと思って受験したんですが、いざ通ったら先生が異動でいなくなってました。近くの工業高校に行ったみたいで。
大和:それはショックですね…。苦笑
大塚:考えてみると、自分たちの代でサッカーでメダルをもらった記憶がないです。小学校の頃も一つ上の代は品川区内では強かったんですが、自分たちの代はあまり強くなくて。優勝候補なのに、何故か一回戦で訳わからないチームに負けていたりとか。笑

■保険の仕事を始めたきっかけは何ですか?

大塚:(転職前の)当時の職場で、社内の人間関係や上司を見ていて、この先どうなるんだろうかと行き詰まっていたときに、義理の兄から誘われたことがきっかけです。
大和:なるほど、何故「保険」だったんでしょうか?
大塚:自分が30歳のときに2歳の娘を、39歳のときに実父を亡くしています。自分の今までの経験を生かせるかなと思って、決断しました。

腕の良い職人の父

大和:亡くなられたお父さまはどんな方だったんですか?
大塚:父は、品川の町工場で製造業を営んでいました。闘病中もうちの父しかできない仕事が溜まっていたみたいで、復帰した直後に多方面から受注がありました。
大和:腕の良い職人さんだったということですね。ご病気だったんでしょうか?
大塚:がんを患いました。保険に入っていたこともあり、治療については希望の通りにしてあげられたかなと思っています。そんな父ですが、冬の寒い日に急ぎでやってほしいという仕事を引き受けて、遅くまで頑張っていたら、それで体調を崩して病院へ。工場って暖かくないですよね。その後は、そのまま悪化して、亡くなりました。人工呼吸器をしていて、最後の方は思うように会話ができなかったという記憶があります。治療に関しては、保険がおりたこともあったので、希望する治療は行えたと思います。

幼い娘との突然の別れ

■娘さんを亡くされたときのお話を伺っても大丈夫ですか?
大塚:はい。娘はその前日までは元気だったんですが、実は(亡くなった)原因はわからないんです。その日の朝は体調が悪かったので、病院へ行ったら「風邪かな」くらいで。まさか、そこまでとは思っていなかったのですが、ベッドでいきなりひきつけのような感じになって。慌てて車に乗せて行ったら途中で「息してない!」となって…。救急車を呼んで、待っている間じゃ人工呼吸や心臓マッサージをしたりしました。でも、そのまま息を引き取りました。
大和:そうなんですね。
大塚:そうすると、お葬式を挙げてあげないといけない。知り合いが葬式屋さんで働いていたので、お願いしたのですが、その場でパンフレットを見せられて、式のグレード、振る舞う食事、香典返しなどを選ばないといけない。でも、それには一つひとつ値段がついていますよね。当時はあまりお金がなかったので、娘を亡くしたばかりの中で何ともいえない気持ちになりました。幸いその時は、自分と妻の両親に協力してもらって盛大な式で見送ることができました。
大和:それはせめてもの救いですね。

「ありがとう」の言葉が一番嬉しい

■保険の仕事を実際にやってみてどうでしたか?
大塚:今まで、自分が担当しているお客さまの中で大きな事故や病気の経験などはありませんが、何かのやり取りの中で「ありがとう」といってもらえるのが嬉しいですよね。そんな中で、「本当によかったな」と思ったのは、2019年の台風で多摩川が決壊して、お客様の家が浸水した時の話です。
大和:あのときの台風は、全国的にも凄かったですよね。
大塚:そのお客さまの火災保険には、それまで水災補償がついていませんでした。今まで多摩川が決壊するってほとんどなかったと思いますが、入れるなら入っておいた方が良いと強くお勧めして、ご加入していただきました。
大和:じゃあ、その方の浸水被害は保険でカバーできたんですか?
大塚:そうです。もちろん、補償を追加することを決めたのはお客さまですが、お勧めしておいて本当に良かったと思います。
大和:本当に良かったです。最近は色々なことで「想定外」が起こりますからね。
大塚:ですね。実際、その方の周囲でも「水災補償に入っていなかった」と言う人は結構いたみたいです。そのお客さまにも数百万円お支払いさせていただくことができたので、本当に良かったです。

保険は「入ってもらってからが仕事」

大塚:保険ってやっぱり、「入ってもらってからが仕事かな」と思っています。今、話をしていて改めて思い出しました。苦笑
大和:ああ、それって大切ですよね。僕たちの仕事って、入ってもらって終わりではなくて、そこからが始まり、ということ。
大塚:ここ1年くらい色々と忙しくて忘れかけてましたけど、そのことを忘れずにお客さまへの対応を心掛けて行きたいと思います。

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投稿者プロフィール

大和親英
大和親英代表取締役社長
生年月日:1978年11月14日
茨城県水戸市生まれ、東京都北区育ち
都立北園高校、法政大学工学部卒

大学時代は勉強はほどほどに済ませ、バックパッカー(海外貧乏一人旅)を、卒業後は父と同じ保険業界に足を踏み入れ、過酷なノルマに追われて過ごす。社会の厳しさを体験しつつも、保険を通して「人とふれあう営業」の喜びとやりがいを感じるようになりました。