大塚太 インタビュー②

■アメリカへ渡った経緯を教えて下さい。
大塚:親から「大学へ行くんだったら、お金を貯めないと行けないと」と言われてました。大学で何かしたいこともなくて、それなら飛行機好きだし、飛行機乗れたらいいなみたいな安易な考えでした。値段的に国内で取ることは無理ということで、アメリカを調べてみたら、自動車学校のような感じで飛行機学校がたくさんあることを発見しました。たまたま叔母さん夫婦がアメリカにいたこともありました。

■飛行機の免許はどのように取ったのでしょうか?
大塚:最初の渡米の時点ではお金が足りなかったので、一旦帰国して、3年くらいバイトでお金を貯めてから免許を取るための学校に申し込みました。まず、日本で座学をやって、その後アメリカで座学と実地訓練で免許を取るという流れです。
大和:実地訓練ってどんなことをやるんですか?
大塚:ある程度訓練が進むと、ソロフライトデビューできるようになるんですが、そのためにはタッチアンドゴーが必要です。タッチアンドゴーは、空港の滑走路に着陸するように下降して、滑走路の地面にタッチして、そこから立ち上がっていくというものです。その間に管制塔とコンタクトを取って、滑走路の順番待ちをして、離着陸がちゃんとできるかどうか。それを全て一人でこなして、5回タッチアンドゴー出来たらその課題はクリアです。それで一人で飛んでOKな段階になります。あとは、「エンジンが止まったらどうするか」という訓練もあります。

エンジン停止状態の訓練

大和:飛んでる時にエンジンが止まる…そんなことあるんですか?!苦笑
大塚:実際に止まったことはないですけど、「今、ここで止まったらどうする」という訓練はします。止まったらどこに降りるか、みたいな。エンジンが停まってもすぐ墜落するのではなく、グライダーみたいに滑空します。旅客機も滑空するので、すぐには落ちないです。反対に戦闘機はすぐに落ちますよ。翼がほとんどなくて、エンジンの力だけで飛んでいて、揚力がないので。
大和:へぇ、そうなんですね。
大塚:エンジン停止状態になったら、管制塔とやりとりして地上のどの場所に着陸できるか、そこまでどのルートで行くかとかを考えます。あとは、失速したらどうするか、計器が壊れたらどうするかとか。そういう訓練ばかりですね。飛んでいて、角度が上がって失速すると、機体がいきなりストンと落ちます。そのまま下手するとスピンします。でも、セスナってすごく安定している飛行機なので、落ちてもハンドルから手を離してそのままにしていれば元に戻るくらいなんです。だけど、なったらどうするかの練習はします。
大和:そこで動揺すると失敗しちゃうということですね。
大塚:ですね。だからわざとやります。フルパワーでガーっと昇っていくと、セスナはそこまでパワーがないので失速します。そうすると、ちょっとした加減でどっちかに落ちるんです。それをきちんと下の方向へ落とさないといけない。左右に落ちるとスピンしちゃう。
大和:そうすると危ないわけですよね。

帰国前に、一度はスピンさせてみたい!

大塚:そうです。失速直前、空しか見えない状態で、ピーと警告音が鳴るんですよ。そのピーって鳴った瞬間にストンと真下が見える、みたいな感じです。笑
大和:怖いですね。笑
大塚:そういう話を聞くと、「あえてスピンしたい」「スピンさせたい」みたいな話になりますよね。それで、インストラクターに「最後にスピンをやってから帰りたい。」とお願いしました。むしろ、やらずには帰れないという感じです。
大和:おお!笑
大塚:それで、ガーッといって行って、警告音がピーという中であえて落ちた方向へハンドルをグッと切ります。そうすると、グルンッ、グルンッって落ちていきます。湖の上でやったんですが、もう漫画みたいに湖がグルングルンと回ってるんですよ。
大和:そこで落ち着いていれば、すぐにリカバリーできるんですよね?
大塚:そうです。ちゃんとハンドル操作をすればリカバリーできます。でも、慌ててエンジンのパワーが入っていると状態だと、速度が上がっていくので、今度は機体が持たなくなってきます。そんなスピンを何回か経験しました。それはそれで面白かったです。笑

大和:ライセンスは取って、日本ではあまり飛んでいないんですか?
大塚:そうですね。日本では高くて。アメリカで飛べば安いので。そう思いながら、結婚してからは行かなくなりましたね。いつかは飛行機を買って、好きな時に空を飛べるようになりたいですね。

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投稿者プロフィール

大和親英
大和親英代表取締役社長
生年月日:1978年11月14日
茨城県水戸市生まれ、東京都北区育ち
都立北園高校、法政大学工学部卒

大学時代は勉強はほどほどに済ませ、バックパッカー(海外貧乏一人旅)を、卒業後は父と同じ保険業界に足を踏み入れ、過酷なノルマに追われて過ごす。社会の厳しさを体験しつつも、保険を通して「人とふれあう営業」の喜びとやりがいを感じるようになりました。